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神戸地方裁判所 昭和37年(ワ)835号 判決 1968年11月04日

原告

谷井谷次郎

ほか一名

被告

神戸市

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告谷井谷次郎に対し金五〇万円原告工藤淳に対し金二五万円及び右各金額に対する昭和三七年九月七日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因及び被告の主張に対する反論として次のとおり述べた。

一、訴外谷井義雄は昭和三七年八月八日午後六時ごろ原告工藤淳所有の三輪貸物自動車(ミゼツト、以下単にミゼツト三輪車という)を運転して神戸市兵庫区松原通一丁目先道路を市電松原線松原三丁目停留所方面(西方)から同中之島停留所方面(東方)に向けて進行し、大輪田橋の西約九〇メートルの地点にある交差点の西方に差しかかつた際、進路左斜前方路上に駐車中の数台の貸物自動車を認めたので、右貨物自動車との間に安全な間隔を保持して右側方を通過するためハンドルを右に切つて道路中央に設置されている市電軌道敷内に進入した瞬間、東行軌条外側(北側)敷石の陥没部分(深さ約二ないし四センチメートル)にミゼツト三輪車の前輪が落ち込み軌条に引かかつたため操縦の自由を失い、右斜前方に滑走した後西行軌条上で左側に横転し、更に軌条上を滑走中、前記交差点東側において折から西行軌条を中之島停留所方面から進行してきた訴外梅田秀夫運転の電車の前部と衝突し、そのため谷井義雄は頭蓋骨折の傷害を受け同日午後一一時ごろ金沢病院において死亡するに至つた。

二、前記市電軌道敷は被告の機関である神戸市長の管理にかかるものであるところ、本件事故現場の軌道敷石には前記の如き陥没部分があるほか、あちこちに凹凸の生じた部分があるため、自動車が右軌道敷内を走行する場合には、四輪自動車は格別、三輪自動車は軌道敷石の凹凸のために、操縦の自由を失い事故が発生する危険があり、本件事故発生以前にも本件事故現場付近において軌道敷石の凹凸が原因でミゼツト三輪車の転覆事故が数件発生しているのであるから、被告としてはかような危険を防止するために軌道敷を整備しなければならないにもかかわらず、前記敷石の陥没部分を修理もせずに放置していたのであるから、市電軌道敷の管理に瑕疵があるといわなければならない。そして、本件事故は市電軌道敷の管理の瑕疵によつて発生したものであるから、被告は国家賠償法第二条第一項及び民法第七一七条第一項の各規定にもとずき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

三、本件事故による損害は次のとおりである。

(一)  原告谷井谷次郎は谷井義雄の父であり、谷井義雄の死亡により精神的苦痛を蒙つたが、これに対する慰藉料は金五〇万円が相当である。

(二)  本件ミゼツト三輪車は、原告工藤淳が訴外松尾モータースから代金二六万円で買受けたもので、本件事故当時新品であつたが、本件事故のため大破し使用不能となつたので金一万円で下取りしてもらい、新車を代金二六万円で買受けたので、差引き金二五万円の損害を蒙つた。

四、よつて、被告に対し、原告谷井谷次郎は金五〇万円、原告工藤淳は金二五万円及び右各金額に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年九月七日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

五、抗弁事実は否認する。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

請求原因事実第一項中、原告ら主張の日時場所において、谷井義雄運転のミゼツト三輪車と梅田秀夫運転の電車の前部とが衝突し、そのため谷井義雄が死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。同第二項中、市電軌道敷が被告の機関である神戸市長の管理にかかるものであること、本件事故現場付近の軌道敷石には多少の凹凸の生じた部分のあることは認めるが、その余は争う。軌道敷石の凹凸部分は日常の自動車の交通に危険を与える程度のものではなかつたから、これを修理しなかつたとしても市電軌道敷の管理に瑕疵があつたとはいえない。仮に管理に瑕疵があつたとしても、これと本件事故との間には因果関係はなく、本件事故はもつぱら谷井義雄の過失によつて生じたものであり、同人には次の如き過失があつた。(イ)軽自動車であるミゼツト三輪車が軌道敷内を走行することは違法である(道路交通法第二一条第二項第三号参照)ばかりでなく危険であるにもかかわらず、谷井義雄はミゼツト三輪車を運転して軌道敷内に進入した。(ロ)本件事故の状況から明らかなように同人は本件事故当時過大な速度で進行していた。(ハ)同人は本件事故直前にブレーキ、ハンドル操作などを誤つた。したがつて本件事故につき被告に責任はない。請求原因事実第三項は争う。仮に被告に本件事故にもとづく損害賠償責任があるとしても、谷井義雄の前記のような過失も本件事故の一因となつているのであるから、賠償額の算定につきこれを斟酌すべきである。

〔証拠関係略〕

理由

一、原告ら主張の日時場所において、谷井義雄運転のミゼツト三輪車と梅田秀夫運転の電車の前部とが衝突し、そのため谷井義雄が死亡したことは当事者間に争いがない。

二、本件事故現場の市電軌道敷が被告の機関である神戸市長の管理にかかるものであること、本件事故現場付近の軌道敷石に多少の凹凸の生じた部分があることは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によると、本件事故現場(衝突地点)は市電松原線松原三丁目停留所と同中之島停留所のほぼ中間にある新川に架設された大輪田橋の西方約九〇メートルの地点にある交差点の東側であること、本件道路はほぼ東西に通じており、道路中央には幅員約五・三五メートルの市電軌道敷、その両側には幅員約五・六メートルのアスフアルト舗装の車道、更にその両側には幅員約三メートルの歩道がそれぞれ設置されていること、右市電軌道敷には縦約四〇センチメートル、横約三〇センチメートルの切石が敷きつめられているが、本件事故当時には事故現場付近の軌道敷には敷石の浮上した部分及び陥没した部分が散在し、前記交差点の西端から約二九メートル西の地点から西方へ約一六・二メートルにわたつて、東行軌条の外側(北側)に接する敷石が軌条沿いに軌条面より約二ないし四センチメートル陥没していたこと、東行軌条外側敷石の陥没は更に西方にも若干及んでいたが、その部分は現在ではアスフアルト舗装が施されていること、本件道路の近くにはより交通の便利な道路がある関係上、本件道路の交通は比較的閑散であること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三、〔証拠略〕によると、谷井義雄は本件事故当日、ミゼツト三輪車を運転してかなりの高速度で(但し正確な速度は本件証拠上明白でない。)、本件道路の北側車道を松原三丁目停留所方面(西方)から中之島停留所方面(東方)に向けて進行し、同日午後六時ごろ前記交差点の西方に差しかかつた際、約一六メートルにわたる前記敷石の陥没部分の西端付近においてハンドルを急に右に切つて軌道敷内に進入し(原告らは谷井義雄がハンドルを右に切つたのは、同人が進路左斜前方路上に駐車中の数台の貨物自動車を認めたので、右貨物自動車との間に安全な間隔を保持して右側方を通過するためであつたと主張するけれども、原告ら主張の地点に自動車が停車していたと認めるに足りる証拠はなく、谷井がハンドルを右に切つた理由は本件証拠上明白でない。)、ミゼツト三輪車の前輪が軌道敷石の右陥没部分上ないしはこれに接する東行軌条上を進行し始めた瞬間、操縦の自田及び車体の安定を失い、車体が動揺しながら軌道敷石の右陥没部分の東端から約六メートル東方まで直進した後、車体が右にやや傾斜した状態となつて右斜前方に滑走し、前記交差点において西行軌条上に横転して更に右軌条上を東方に滑走中、横転した地点から二ないし三メートル東方の交差点東側において、折から右西行軌条上を中之島停留所方面(東方)から進行してきた市電の従業員梅田秀夫運転の電車の前部と衝突したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

四、そこで、本件事故が被告の市電軌道敷管理の瑕疵にもとづくものであるか否かにつき判断する。一般に車両が軌道敷内を通行することは制限されているけれども、検証の結果(第一、二回)によると、本件事故現場付近の道路を通行する自動車の多くは、車道に停車中の自動車の側方を通過する場合や先行車を追越す場合などに軌道敷内を通行している(但し車体の一部または全部)ことが窺われるから、前記の如き敷石の陥没部分を放置している場合において、右陥没部分に走行してきた自動車の車輪が入つたときは、自動車の種類(特に二輪または三輪車の場合)、速度、積荷の状態如何によつては事故の生ずる危険がないとはいえない。そして軌道敷は本来電車の運行のためのものであるけれども、自動車、原動機付自転車等の車両も一定の制限の下に軌道敷内を通行することが認められている以上、軌道敷は路面電車のみならずほかの車両の交通の安全も確保しうべき状態にあることを要するものである。しかしながら、軌道敷にアスフアルト舗装が施されている個所は格別、切石が敷かれている個所においては(証人伊藤隆夫の証言によると、被告神戸市の市電軌道敷の約七二パーセントは切石を用いていることが認められる。)、自然の地盤沈下或は電車通過時の加重、震動などが原因となつて敷石が浮上しまたは陥没した個所が生ずることはある程度までやむを得ないところである。のみならず、軌道敷石の浮上した個所及びその陥没した個所があちこちに生じていること(その当否はしばらく措く)、及び自動車を運転して切石の敷かれた軌道敷内を通行するときは振動、スリツプなどによつて操縦の自由が失われやすいことは一般に知られているところであつて、自動車を運転して軌道敷内を通行する者は右事実を念頭に置き慎重に運転するかぎり、前記程度(二ないし四センチメートル)の敷石の陥没部分を通行しても、回復困難な程度に操縦の自由を奪われ、事故の発生する危険があるとは認められない。もつとも、証人高須賀貢の証言によると、本件事故前にも本件事故現場から東方の大輪田橋に至るまでの区間において自動車事故が二件発生していることが認められるけれども、右事故発生地点が本件事故現場と異なつた地点であるのみならず、右事故が市電軌道敷の瑕疵にもとづくものと認めるに足りる証拠はないから、右事故発生の事実をもつて本件事故現場の市電軌道敷の危険性を裏付けるには足りない。他に本件事故現場の市電軌道敷の危険性を裏付けるに足りる証拠はない。したがつて軌道敷石の前記陥没部分の存在をもつて直ちに市電軌道敷に瑕疵があるということはできないから、被告において右陥没部分を修理せずに放置していたとしても、軌道敷の管理に瑕疵があつたというべきではない。してみると、谷川義雄の起こした本件転覆事故は市電軌道敷管理の瑕疵による結果とは認められず、かえつて、同人が前記注意を怠り安定度の低いミゼツト三輪車であるのに軌道敷の状況も注意しないままかなりの高速度で急に軌道敷内に進入した過失による結果というほかない。

よつて、原告ら主張のその余の点につき判断するまでもなく原告らの請求は理由がないので、失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 中川幹郎 三谷忠利)

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